遺言と遺留分侵害額請求への対策――親族間の紛争を未然に防ぐための4つのアプローチ

遺言書は、ご自身の遺志に基づいて財産の帰属を自由に決めることができる有効な手段です。しかし、「遺言書さえ作成しておけば、死後の相続対策はすべて万全である」と考えることは、実務上リスクを伴います。
配偶者や子どもなどの法定相続人には、遺言によっても排除できない最低限の遺産取得割合である「遺留分(いりゅうぶん)」が認められているからです。遺留分を考慮せず、特定の相続人や第三者にすべての財産を集中させるような遺言を遺すと、相続開始後に「遺留分侵害額請求」と呼ばれる金銭の支払いをめぐる紛争を引き起こす原因となります。
今回は、遺留分侵害の法的なメカニズムと、相続開始後の不必要な混乱を回避するために遺言書作成時に講じておくべき4つの実務的な対策について、解説いたします。
1. 遺言を制限する「遺留分」の仕組みと侵害の影響
遺留分とは、被相続人の財産のうち、特定の相続人に法律上必ず残されなければならない一定割合の持分のことです。
- 遺留分権利者: 配偶者、子ども(および代襲相続人である孫)、父母などの直系尊属です。兄弟姉妹(および甥・姪)には遺留分は認められていません。
- 遺留分の割合: 原則として、法定相続分の「2分の1」が各権利者の個別的遺留分となります(相続人が直系尊属のみの場合は3分の1)。
- 侵害された場合の請求権: 遺言によって自己の遺留分を侵害された相続人は、財産を多く取得した受遺者や受贈者に対して、侵害された遺留分に相当する金銭の支払いを請求することができます。これを「遺留分侵害額請求」と呼びます。
金銭債権化による実務上の影響
平成30年(2018年)の民法改正により、遺留分制度は大きく見直されました。 改正前は、遺留分を請求すると遺産そのものが共有状態(現物返還)となり、不動産の処分等をめぐるさらなる紛争の原因となっていました。しかし、現行法では「遺留分侵害額に相当する金銭の支払いを請求する権利」へと一本化されました。
これにより共有関係の発生は防げるようになりましたが、請求を受けた受遺者や相続人は、「相続開始後に、多額の金銭を準備しなければならない」という金銭支払義務を負うことになります。手元に十分な資金がない場合は、相続した不動産を売却して支払資金を捻出せざるを得なくなるなど、実務上の不都合が生じるケースがあります。
2. 対策①:遺留分を侵害しない「事前の財産設計」
最も確実な対策は、最初から各相続人の遺留分を侵害しないよう配慮して遺言の内容を設計することです。
遺言書を作成する前に、現在有しているプラスの財産と債務(負債)を正確に把握し、各相続人の「個別的遺留分」の額をあらかじめ試算します。 その上で、「長男に不動産を相続させる代わりに、次男には遺留分に見合う額の預貯金を直接指定して相続させる」というように、遺留分相当額以上の財産を各人に割り振っておくことで、死後の金銭請求そのものを予防することが可能になります。
3. 対策②:支払資金を確保する「生命保険の活用」
「遺産のほとんどが自宅不動産であり、これを特定の相続人に引き継がせたいが、そうすると他の相続人の遺留分を侵害してしまう」というように、実務上どうしても遺留分を侵害せざるを得ない局面は少なくありません。
この場合、請求を受ける相続人に十分な手元資金がなければ、金銭の支払いに窮することになります。そこで有効なのが、生命保険(死亡保険金)の活用です。
被相続人が生前に生命保険に加入し、「受取人を特定の相続人(例えば、不動産を引き継ぐ長男)」に指定しておきます。死亡保険金は、税法上の課税対象(みなし相続財産)にはなりますが、民法上は遺産ではなく、「受取人固有の財産」として取り扱われます。 そのため、受取人となった相続人は、他の相続人からの遺産分割や遺留分の制限を受けることなく、まとまった現金を迅速に確保できます。この保険金を原資とすることで、他の相続人から遺留分侵害額の請求を受けても、自身の生活基盤や相続した不動産を損なうことなく、円滑に金銭での支払いを行うことができます。
4. 対策③:遺留分侵害額の「負担順序」を遺言で指定しておく
遺留分侵害額請求がなされた場合、誰がどの割合でその金銭を負担(支払)すべきかは法律で定められています。 民法では、「まず遺贈、次に贈与」の順に負担し、同順位の遺贈が複数ある場合は、原則としてそれぞれの取得財産の評価額の割合に応じて按分して負担することとなっています。
しかし、遺言者はこの金銭負担の順序について、遺言によって「別段の意思表示(独自の負担順序の指定)」をすることが認められています。
【負担順序指定の実務上の活用例】 例えば、夫が「配偶者の老後の生活を確保するために自宅を配偶者に相続させ、預貯金はすべて長男に相続させる」という遺言を作成したとします。この遺言に対して、他の相続人から遺留分侵害額請求がなされた場合、原則通りであれば、配偶者と長男がそれぞれの財産割合に応じて金銭を支払わなければなりません。 しかし、配偶者に金銭的な負担をかけたくない場合、遺言書の中に以下の条項(負担順序の指定)を明記しておきます。
「遺言者は、遺留分侵害額請求があった場合の支払負担については、まず長男〇〇が相続した財産から負担すべきものと定める」
この指定を行うことで、金銭の支払請求はまず長男が引き継いだ財産の範囲で優先的に処理され、配偶者の経済的な安定が守られることになります。
5. 対策④:「付言事項」を活用した意思の伝達
遺言書には、財産の配分といった法的効力を持つ内容のほかに、ご家族への想いやメッセージを書き残す「付言(ふげん)事項」を設けることができます。 付言事項自体に法的拘束力はありませんが、相続人たちの感情的な反発を和らげ、紛争を未然に防ぐ効果が期待できます。
遺留分を侵害するような偏った財産配分を指定せざるを得ない場合には、この付言を活用して、「なぜこのような配分にしたのか」という理由を遺言者自身の言葉で説明しておくことが推奨されます。
- 記載すべき内容の例:
- 特定の相続人が、長年にわたり生前の療養看護や介護に尽くしてくれた事実と、それに対する感謝
- 他の相続人に対して、生前にすでに多額の資金援助(住宅購入資金など、法律上の「特別受益」に該当するもの)を行っていた事実
- 残された配偶者の生活を維持するために、どうしても自宅を単独で承継させる必要があるという背景
これらを具体的な経緯を交えて記載し、「これらの事情を考慮して、死後に遺留分をめぐる争いを起こさず、家族で円満に暮らしてほしい」という願いを添えておきます。 理由が合理的であり、遺言者の最後の真意が伝わることで、請求権を持つ相続人が自発的に請求を控えるケースは実務において多く見られます。
6. まとめ
① 遺言書は自らの意思で財産を分けるための重要な手続きですが、特定の相続人に財産を過度に集中させる遺言は、死後に他の権利者から金銭の支払いを求められる「遺留分侵害額請求」を発生させ、親族間の紛争を招くリスクを内包しています。
② 相続開始後の不必要な混乱を回避するためには、事前に各相続人の遺留分を正確にシミュレーションした上で、財産の配分バランスを整える、生命保険を活用してあらかじめ支払資金を準備しておく、遺言書内で負担の順序を指定する、さらには付言事項で親の真意を伝える、といった多角的な実務対策をあわせて施しておくことが重要です。
遺留分に配慮した遺言書の文案設計や、ご不明な点がございましたら、当事務所までお気軽にご相談ください。
About
この記事について
- 公開日
- 2026.08.31
- 内容確認日
- 2026.08.31
- 監修
- 荒関誠人(行政書士・中小企業診断士)
参考文献・出典
- 民法(遺留分侵害額請求・平成30年改正)
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