【遺言文例とルール】大切なペットを守る遺言書作成――ペットの終生飼養を確保するための法的手続きと実務上の設計実務
ペット(犬や猫など)を家族の一員として大切にされている飼い主の方にとって、ご自身が病気や怪我、あるいは他界した後に「遺されたペットが誰にどのように世話をしてもらえるか」は極めて重要な論点です。しかし、現在の法制度のもとで適切な準備をしておかなければ、飼い主の死後にペットの引き取り手が現れず、最悪の場合は処分等に至るリスクを排除できません。今回は、遺されたペットの生活(終生飼養)を法律面から保障するための手続き、実務上必要となる経費の設計、名義変更の手続きルール、および具体的な遺言書の文例について解説いたします。
1. ペットの法的な地位と「直接の遺贈」が無効となる理由
法律実務において、まず確認しなければならない前提は「ペットには権利能力(権利義務の主体となる資格)がない」という点です。
どれほど家族同然に愛しているペットであっても、日本の現行法上、ペットは「物(動産)」として扱われます。そのため、以下のような遺言を作成しても法律上の効力は一切生じず、無効となります。
- 無効となる記載例:「私の有する全財産を愛犬タロウに遺贈する。」
ペットに直接財産を遺すことは不可能なため、実務上は「ペットの所有権(物・動産としての承継)を特定の第三者に移転させること」が法定遺言事項となり、これとあわせて「引き渡した後の世話を義務付ける(負担を課す)手続き」を設計する必要があります。
2. ペットの世話を託すための3つの法的アプローチ
自らの死後に信頼できる個人や団体にペットを預け、飼育を継続してもらうための主な手法として、以下の3つのアプローチがあります。
① 負担付遺贈(ふだんつきいぞう)
遺言書によって受遺者(財産を受け取る人)に一定の財産(不動産や預貯金など)を遺贈する代わりに、付帯義務として「ペットを生涯にわたり適切に飼育し、死亡時には埋葬・供養すること」という法律上の義務を負わせる方法です。 受遺者がこの義務を履行しない場合、相続人や遺言執行者は、義務を履行するよう督促し、応じない場合は家庭裁判所に負担付遺贈の取消しを請求することができます(民法1027条)。
② 負担付死因贈与契約(ふだんつきしいんぞうよけいやく)
生前のうちに、財産を譲る人(贈与者)と、ペットを引き受ける人(受贈者)との間で、「私が死亡した時に財産を与える代わりに、ペットの終生飼養を行う」という合意(契約)を書面で締結しておく方法です。 遺贈は相手方が死後に一方的に放棄することが可能ですが(民法986条)、死因贈与は生前の「双方の合意に基づく契約」であるため、相手方が勝手に放棄することができず、履行される可能性が極めて高い点がメリットです。
③ ペット信託(民事信託)
ご自身(委託者)の財産を信頼できる人(受託者)に託し、ペットの新しい飼育者(受益者)に対して、管理された財産からペットの飼育に必要な費用(食事代や医療費など)や飼育にかかる報酬を適時に支給する仕組みを作る契約です。 ペット自身は受益者になれないため、飼育者を受益者として設計します。財産管理を行う受託者と、実際にペットを育てる受益者(飼育者)の役割を分けることで、預けたお金が確実にペットのために使われているかを監視・担保することができます。
3. 実務上不可欠な「必要経費」の算定ルール
負担付遺贈や負担付死因贈与を設計する際、最も重要なのは「ペットの飼育に必要な費用を十分にカバーできる金額を遺贈・贈与すること」です。
民法第1002条1項の規定により、ペットの世話を引き受けた人は、「遺贈(または相続)によって受け取った財産の価額を超えない限度」においてのみ、負担した義務を負うとされています。したがって、与えられた財産が不足してしまうと、受遺者はそれ以上の自己負担をしてまで飼育する義務を負わなくなります。
実務上、財産を設計するにあたっては、ペットの予想される「最大限の寿命(余命)」を想定し、以下の経費を試算した上で、世話をする人への謝礼(報酬)を加算して財産を遺す必要があります。
- 1年間にかかる標準的な飼育経費(目安):
- 犬: 年間約41万円(食事、ワクチン、トリミング、日用品、医療費など)
- 猫: 年間約18万円(食事、ワクチン、日用品、医療費など)
4. 改正動物愛護管理法に伴う「変更登録手続き」の義務
ペットを他人に譲渡する場合、単に現物を引き渡すだけでは手続きとして不十分です。
令和元年の改正動物愛護管理法の施行後、登録(マイクロチップ装着等)を受けた犬または猫を譲渡する際には、登録証明書を一緒に引き渡すことが義務づけられており(同法39条の5第9項)、譲り受けた新たな飼育者は、速やかに「変更登録」の届出を行わなければなりません(同法39条の6)。 遺言書を設計する際には、これらの行政手続き(マイクロチップ登録情報の変更など)を円滑に進めるため、後述の「遺言執行者」を必ず指定しておく必要があります。
5. ペットの終生飼養を確保するための遺言書文例
自筆証書遺言(または公正証書遺言の文案)において、特定の知人にペットの飼育を託すための具体的な負担付遺贈の文例です。
※自筆証書遺言の場合、第1条〜第3条、日付、署名は必ず遺言者本人が手書き(自書)し、押印を施す必要があります。
遺言書
第1条 遺言者(鈴木清)は、遺言者の所有する預貯金のうち、A銀行B支店の普通預金(口座番号○○○○○○)から金500万円を、犬飼ます子(昭和○年○月○日生。住所:○○県○○市○○1丁目2番3号)に遺贈する。
第2条 前条の遺贈は、犬飼ます子が、遺言者の愛犬である□□□種1匹(呼称「タロウ」、平成○年○月生。マイクロチップ登録番号:○○○○)を引き取り、その生涯にわたり適切に飼育し、タロウが死亡したときは相当な方法で埋葬、供養することを負担(条件)とする。
2 万一、タロウが遺言者の死亡以前に死亡していた場合には、第1条の遺贈はすべて撤回する。
第3条 遺言者は、本遺言の遺言執行者として、行政書士荒関誠人(住所:札幌市白石区菊水4条2丁目1番6号政陽ビル1F)を指定し、本遺言の執行(タロウの引渡し、第1条の預貯金の解約・払戻手続き、および動物愛護管理法に基づくタロウの登録変更手続き等を含む)に必要な一切の権限を付与する。
令和○年○月○日
遺言者 鈴木一郎 (印)
実務上のポイント:
- 遺言執行者の指定:不仲な相続人や非協力的な親族がいる場合、遺言書があってもペットの引渡しや預貯金の解約手続きが滞るおそれがあります。遺言執行者を指定しておくことで、執行者が単独でペットの譲渡や口座解約を進め、速やかに新しい飼い主(受遺者)へ引き渡すことができます。
- 予備的撤回条項(第2条2項):遺言者が亡くなる前にペットが寿命等で先に他界してしまった場合、ペットの世話という「負担」が消滅するにもかかわらず財産だけが相手方に引き渡されるのを防ぐため、遺贈そのものを失効させる条項を必ず盛り込みます。
6. まとめ
① ペットには権利能力がないため「ペットに直接相続させる・遺贈する」という内容の遺言は法律上無効となります。そのため、信頼できる個人や団体に財産を遺贈・贈与し、その対価としてペットの世話を義務付ける「負担付遺贈」や「負担付死因贈与」を設計するのが実務上の原則です。
② 負担付遺贈を引き受けた人は「受け取った財産の価値」の範囲内でのみ飼育の義務を負うため、想定されるペットの余命、年間飼育費(犬約41万・猫約18万)、医療費、および引き受け手への報酬(謝礼)をあらかじめ客観的に試算し、不足のない財産を遺せるよう遺言書内で設計する必要があります。
③ 飼い主の死後にペットの所有権やマイクロチップなどの変更登録手続きを円滑に行い、相続人間のトラブルを避けて確実にペットを新しい飼い主に引き渡すためには、単に遺言書を書くだけでなく、手続きを単独で執行できる「遺言執行者」をあらかじめ遺言書に指定しておくことが推奨されます。
ペットに配慮した遺言書の作成準備や、具体的な費用シミュレーションについて、ご不明な点がございましたら、当事務所までお気軽にご相談ください。
About
この記事について
- 公開日
- 2026.08.16
- 内容確認日
- 2026.08.16
- 監修
- 荒関誠人(行政書士・中小企業診断士)
参考文献・出典
- 民法第1002条第1項/民法第1027条/民法第986条/動物愛護管理法第39条の5第9項・第39条の6
Related Service

