特定遺贈のみの遺言で相続人がいない(全員放棄)場合の負債のゆくえと財産清算実務

遺言書によって特定の財産を特定の個人や団体に譲り渡す「特定遺贈」は、お世話になった方への感謝を表す手段や、特定の団体への遺贈寄付において実務上広く活用されています。 特定遺贈が行われた場合、指定された個別の財産は遺言の効力発生(遺言者の死亡時)と同時に受遺者に帰属し、遺産分割協議の手続きを経ることなく取得することができます。
しかし、包括受遺者(遺産の全部または一定割合を包括的に引き継ぐ受遺者)が指定されておらず、かつ、残余財産を引き継ぐべき法定相続人が最初からいない場合や、相続人全員が相続放棄をした場合、遺言者が遺した借金などの「負債」は一体どうなるのでしょうか。
今回は、特定遺贈のみが行われ、引き継ぐべき相続人が存在しない場合における、負債の法的なゆくえと財産清算の手続きについて解説いたします。
1. 特定遺贈の受遺者は「負債(借金)」を引き継ぐのか
まず、特定遺贈によって財産を受け取る人(受遺者)が、遺言者の有していた借金などの負債を承継するかという点について整理します。
結論から申し上げますと、特定遺贈の受遺者が遺言者の債務(負債)を当然に承継することはありません。 民法上、包括遺贈の受遺者は「相続人と同一の権利義務を有する」と規定されており、プラスの財産だけでなく借金などの消極財産(負債)も指定された割合に応じて当然に引き継ぐことになります。これに対し、特定遺贈は具体的な特定のプラスの財産のみを譲り受ける手続きであるため、消極財産である債務を当然に承継する性質のものではないからです。
原則として、遺言者の金銭債務は、相続開始と同時に共同相続人が各自の法定相続分に応じて「当然に分割」して承継するものとされています。したがって、特定遺贈の受遺者は、遺言書で別途の負担(債務を免責的に引き受けるなどの負担付き遺贈)が課されていない限り、遺言者の個人的な借金等の支払いを債権者から直接請求されても、これに応じる法的な義務はありません。
2. 相続人がいない、または全員が放棄した場合の「相続人不存在」
では、本来その負債を法定相続分に応じて引き継ぐべき法定相続人が最初から一人もいない場合や、プラスの財産よりマイナスの財産(借金)が多い等の理由で相続人全員が家庭裁判所で相続放棄の手続きを執った場合はどうなるのでしょうか。
引き継ぐべき相続人が不在となった場合、その相続財産は法律上「相続人不存在」の扱いとなります。この場合、亡くなった被相続人の遺産(プラスの財産・マイナスの財産)は、個人の財産から「相続財産法人」という一つの法的な人格を持つ主体へと姿を変えることになります(民法951条)。法人となった相続財産は、法律の規定に従って清算手続きが進められることになります。
3. 「相続財産清算人」による債務弁済と特定遺贈の履行
相続財産法人が成立した場合、債権者や特定遺贈の受遺者などの利害関係人は、家庭裁判所に対して「相続財産清算人」(※2023年4月の民法改正により、従来の「相続財産管理人」から名称が変更されました)の選任を申し立てる必要があります。
選任された相続財産清算人は、家庭裁判所の監督のもとで、以下のような手順に沿って財産の管理・清算(換価処分)業務を行います。
① 相続財産の調査と目録の作成
清算人は、亡くなった方の預貯金や不動産などのプラスの財産と、借金などのマイナスの財産をすべて調査し、目録を作成します。
② 官報への公告と債権者への確認
清算人は、官報を通じて「債権者や受遺者は申し出てください」という公告を行います。
③ 相続債務(負債)の弁済
清算手続きにおいて最も重要な原則は、「受遺者への給付よりも、相続債権者への弁済が優先される」という点です。 清算人は、相続財産(特定遺贈の対象財産を含む)の中から、まずは医療費、施設利用料、公租公課、借入金などの未払債務を優先して支払います。
④ 特定遺贈の履行
相続債権者への弁済(負債の支払い)を完了し、なおも財産に余剰がある場合にはじめて、特定遺贈の受遺者に対して指定された遺産(またはそれを換価した金銭)の給付が行われることになります。
もし、負債が多額であり、すべての財産を換価しても債務を完済できない場合には、特定遺贈の対象となっている財産であっても債務の弁済に充てられるため、結果として受遺者は財産を一切受け取ることができなくなるリスクが生じます。
⑤ 残余財産の帰属
全ての債務弁済と特定遺贈の履行を終え、それでもなお財産が残った場合には、特別縁故者(生前に療養看護に努めた者など)に対する財産分与の手続きを経て、最終的な残余財産は「国庫」に帰属することになります。
4. 相続放棄をした相続人の管理継続義務
相続人全員が相続放棄をすることで、自らは被相続人の借金を引き継ぐ責任を免れることができますが、放棄の手続きを行えば即座にすべての責任から解放されるわけではない点に注意が必要です。
民法(民法940条1項)の規定により、相続放棄をした者は、その放棄によって次に相続人となった者(あるいは家庭裁判所によって選任された相続財産清算人)が相続財産の管理を始めることができるまでは、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産の管理を継続しなければならないと義務付けられています。 したがって、相続放棄後であっても、清算人が選任されるまでの間は、空き家となった実家の管理や家財の保管などの管理責任が残るため、実務上、清算人選任の申し立てを適切に行うことが求められます。
5. まとめ
特定遺贈のみを指定し、包括受遺者が存在しない状況において相続人が不在(または全員が相続放棄)となった場合、その特定遺贈を円滑に執行するためには、家庭裁判所による「相続財産清算人の選任」という、相応の時間と費用を要する法的手続きを経る必要があります。
また、被相続人に多額の負債があり、すべての相続財産を換価しても債務を完済できない場合には、特定遺贈の対象となっている財産であっても優先的に債務の弁済に充当されます。したがって、債務の清算手続きを経ることなく、プラスの財産のみを確実に受遺者に取得させることは実務上不可能です。
このように、将来的に相続人が不存在となる可能性がある中での特定遺贈の設計には、遺言執行者の指定や負債への配慮など、事前の慎重な検討が求められます。
特定遺贈をお考えの場合の遺言書設計や、ご不明な点がございましたら、当事務所までお気軽にご相談ください。
About
この記事について
- 公開日
- 2026.09.04
- 内容確認日
- 2026.09.04
- 監修
- 荒関誠人(行政書士・中小企業診断士)
参考文献・出典
- 民法第951条(相続財産法人)/民法第940条第1項(管理継続義務)
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