なぜ今「遺言書」を書くべきなのか?大切な家族を護るために、準備を急ぐべき「9つの典型事例」
「遺言書を準備するのはまだ先のこと」「自分には大した財産もないから関係ない」と考える方は少なくありません。 しかし、相続が開始してから「誰がどの遺産をどのように引き継ぐか」を決める遺産分割協議は、残されたご家族にとって時間的にも精神的にも大きな負担となります。一見、身内同士の仲が良く、トラブルとは無縁に思えるご家庭であっても、話し合いをきっかけに感情的な対立や紛争に発展してしまうケースは決して珍しくありません。
「遺言書」は、ご自身が生涯をかけて築き、守ってきた大切な財産を、最も有効に活用してもらうための確実な意思表示です。そして何より、残されるご家族への不要な争いや手続きの負担を未然に防ぐための、最大の「思いやり」でもあります。
今回は、なぜ今「遺言書」を書くべきなのか、特に作成を急ぐべき9つの代表的なケースとその理由について、法律や実務の観点から詳しく解説します。
1. 子どものいないご夫婦
子どもがいないご夫婦において、夫または妻が先に亡くなり、かつ親などの直系尊属もすでに他界している場合、法律上の相続人(法定相続人)は「配偶者」と「被相続人の兄弟姉妹(あるいはその子どもである甥・姪)」となります。
この状況で遺言書がない場合、残された配偶者は、普段深く関わりのない、あるいは何年も音信不通になっている義理の兄弟姉妹をすべて探し出し、遺産分割の話し合いを行わなければならなくなります。 しかし、民法上、兄弟姉妹や甥・姪には最低限の遺産取り分を保障する「遺留分(いりゅうぶん)」が認められていません。そのため、生前に「すべての財産を配偶者に相続させる」という旨の遺言書を夫婦それぞれが作成しておけば、大切な財産を確実に配偶者へ遺すことができ、周囲との不要な遺産分割の手間やトラブルを確実に回避できます。また、双方が死亡したときの資産の帰属先を定めておく「予備的遺言(補充遺言)」を合わせて設計しておくことも極めて有効です。
2. 残された配偶者と未成年の子が共同相続人となる場合
夫婦の一方が亡くなり、残された配偶者と未成年の子が共同相続人となる場合、遺産分割において親と子の利害が対立する「利益相反(りえきそうはん)」が生じます。そのため、親権者であっても未成年の子を代理して遺産分割協議を行うことはできません。
この場合、家庭裁判所に申し立てて「特別代理人」を選任してもらい、その特別代理人を交えて遺産分割協議を行う必要がありますが、申立て手続きには一定の費用や1ヶ月〜2ヶ月程度の期間がかかるという実務上の大きな負担があります。また、特別代理人は原則として子の法定相続分を厳格に確保する立場にあるため、配偶者に資産を集約させるような柔軟な分割が困難になるケースもあります。 しかし、生前に「どの財産を誰に相続させるか」を明記した遺言書(特定財産承継遺言)を作成しておけば、そもそも遺産分割協議を行う必要自体がなくなるため、特別代理人の選任手続きを完全に回避し、残された配偶者やお子さまの手続き負担を大幅に削減できます。
3. 相続人の中に連絡が取れない・行方不明の人がいる場合
遺産分割協議は、相続人全員が参加して合意することが法律上の絶対条件であり、一部の相続人を除外して行った協議はすべて無効となります。
相続人の中に行方不明者や音信不通の人が1人でもいる場合、家庭裁判所に「不在者財産管理人」の選任を申し立てるか、「失踪宣告」の審判を待たなければなりません。これらの手続きには家庭裁判所への許可申請や多大な時間(失踪宣告は長期間に及びます)、予納金といった重い費用負担が発生し、残された遺族の前に高いハードルとなって立ちはだかります。 生前に遺言書を残し、すべての財産の承継先を事前に指定しておくことで、連絡の取れない相続人を交えた遺産分割協議を行う必要そのものがなくなり、残されたご家族が手続きで立ち往生するのを未然に防ぐことができます。
4. 不動産はあるが、現金や預貯金(流動資産)が少ない場合
遺産の大半が自宅などの不動産で、分けるべき現金や預貯金が少ない場合、相続人間で公平に財産を分配することが極めて困難になります。
特定の相続人が不動産を単独で取得する場合、他の相続人の取り分(法定相続分や遺留分)を補うために、自身の持ち出しから金銭を支払う「代償金」の調整が必要となることがありますが、手元に十分な資金がなければ支払えません。その結果、話し合いがまとまらず、最悪の場合は住み慣れた自宅を売却して現金化せざるを得なくなることもあります。 また、安易に不動産を「共有」にすると、将来の売却や活用において共有者全員の同意が必要となり、塩漬け状態の「所有者不明不動産」を生み出す原因にもなりかねません。あらかじめ遺言書で「誰に不動産を相続させ、誰に何を渡すか(または代償金の準備や支払い方法)」を指定しておくことで、実家の切り売りや親族間の不毛な対立を避けることができます。
5. 法的婚姻関係にないパートナー(内縁の配偶者・同性パートナーなど)がいる方
長年夫婦同様に暮らしを共にし、お互いを支え合ってきた関係であっても、法律上の婚姻届を出していない内縁の配偶者や同性パートナーには、民法上の相続権が一切認められません。
どれほど献身的に看病や生活を支え続けたとしても、遺言書がないままどちらかが他界した場合、財産はすべて法定相続人に渡ってしまい、残されたパートナーは住まいや生活資金を失ってしまうリスクに晒されます。 パートナーのこれからの生活をしっかりと守るためには、遺言書によって特定の財産や金銭を「遺贈(いぞう)」する意思表示をしておくことが不可欠です。兄弟姉妹には遺留分がありませんので、遺言書を1通残しておくだけで、大切なパートナーに確実に財産を遺すことができます。
6. 特定の相続人に手厚く財産を遺したい場合(実質的な公平を図る)
現在の民法は、子どもが複数いる場合は全員が平等の割合で遺産を分ける「均分相続」を原則としています。
しかし、実態として「特定の子どもだけが同居して長年にわたり親の介護や療養看護を行い、他の子どもは没交渉だった」というケースもあります。このような状況において、遺言書がないまま一律に均等分割を行うことは、介護や身の回りの世話を一身に引き受けてきた子どもの負担が報われず、かえって実質的な公平を欠く結果になります。 介護や日頃の援助をしてくれたことへの感謝の気持ちを示し、実質的な公平な相続を実現して死後の紛争を防ぐためには、貢献度の高い子どもに財産を手厚く配分する遺言書(特定財産承継遺言や相続分の指定)を作成しておくことが実務上きわめて重要です。
7. 長男の妻(相続人以外の親族)に財産を遺したい場合
長男が先に他界した後も、長男の妻(嫁)が義父母と同居を続け、老後の介護や療養看護を一生懸命に支えてくれるケースがあります。 しかし、長男の妻は法律上の相続人ではないため、どれほど尽くしてくれたとしても、遺言書がなければ1円も財産を承継することはできません。
民法には、無償で療養看護等に貢献した親族が金銭の支払いを請求できる「特別寄与料」の制度(民法1050条)がありますが、これは家庭裁判所での調停や立証などの非常に重い精神的・時間的負担を長男の妻に強いることになり、認められる金額も十分とは言えません。長年寄り添ってくれた彼女への感謝に報い、その生活を守るためには、遺言書によって特定の財産や金銭を直接「遺贈」することを明確に定めておく必要があります。
8. 事業(家業・同族会社)や農業を経営している方
家業や同族会社、あるいは農業を経営している場合、会社株式、工場や店舗、事業用の土地といった「事業用資産」は非常に重要な経営基盤です。
もし遺言書がない状態で相続が発生し、これらの事業用資産が相続人全員の共有名義として細かく分散してしまうと、意思決定がスムーズに行えなくなったり、遺産分割のために資産を切り売りせざるを得なくなったりして、事業の継続自体が困難に陥ってしまいます。 後継者に対して確実に事業用資産や自社株式を集中させ、事業の未来を守るためにも、遺言書で承継内容を厳密に特定(特定財産承継遺言など)しておく必要があります。
9. 相続人が誰もいない方(おひとりさま)
子どもや配偶者、親、兄弟姉妹が一切いないおひとりさまの場合、遺言書を残さないまま亡くなると、相続財産清算人の選任などの非常に時間と手間の要する手続きを経た後、最終的にご自身の遺産はすべて「国庫」に帰属することになります。
「長年親しくしてきた友人・知人に財産を譲りたい」「自分が共感する社会貢献活動を行っている公益団体・NPOなどに財産を託して役立ててもらいたい」と望むのであれば、遺言書の作成による「遺贈寄付(特定遺贈)」が不可欠です。信頼できる遺言執行者をあらかじめ指定しておくことで、ご自身の想いを死後確実に実現させることができます。
まとめ
「今遺言書を作成しても、後から状況や気持ちが変わったらどうしよう」と不安に思い、作成をためらってしまう方もいらっしゃいます。 しかし、法律上、遺言能力(判断能力)がある限り、遺言書は何度でも内容を撤回したり書き換えたりすることが可能です。
以上の9つのケースに当てはまる場合、まずは取り急ぎ、ご自身の手で簡易な「自筆証書遺言」を作成し、その後、時間をかけてより安全で確実な「公正証書遺言」を作成するという二段階の方法もございます。 近年では、自筆証書遺言であっても、1件3,900円で法務局に保管してもらうことで、偽造・紛失リスクを防ぎ、死後の家庭裁判所での検認手続きも不要になる「自筆証書遺言書保管制度」が創設され、実務上非常に利便性が高まっています。
ご自身の状況に合わせた遺言書作成のご準備や、ご不明な点がございましたら、当事務所までお気軽にご相談ください。
About
この記事について
- 公開日
- 2026.08.17
- 内容確認日
- 2026.08.17
- 監修
- 荒関誠人(行政書士・中小企業診断士)
参考文献・出典
- 民法(遺留分・特定財産承継遺言・特別寄与料〔民法1050条〕等)/自筆証書遺言書保管制度(法務局)
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